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おぼえがき 真宗の行と信

村上速水和上『教行信証を学ぶ』より


行とは古来「造作進趣」の意味とされ、…今、真宗においては、我々の行為ではなく、我々を転迷開悟せしめる仏の力をいうのである。さらにそれを具体的にいえば、南無阿弥陀仏の名号

第十七願の成就した果号という意味からいえば、諸仏の讃嘆となって衆生に呼びかけつつあるものという意味になり、第十八願の成就した果号という意味からいえば、衆生をして三心十念せしめつつある名号という意味になる

如実・不如実の区別は名号の意義に契うか否かによることであり、実の実たる所以は法体の名号にある
(第三章)

信とは法が人間に受け取られた相をあらわす語であり、法を仰ぐ心ぶりをいうのである。法が人間に受け取られた相を、本願についていえば三心十念であるが、その中で正しく頂きぶりをあらわすものは信であって、称名は頂いた法がのちに口業にあらわれた相である

第十八願の信というのは、法体の名号が来って我々の心の中に満入したところの心ぶりである
(第四章)

教行信証を学ぶ―親鸞教義の基本構造教行信証を学ぶ―親鸞教義の基本構造
(1996/09)
村上 速水

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[ 2011/01/27 18:45 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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